前のお話、その1はこちらーーー翌日、俺たち夫婦は北池袋の繁華街を抜けたところにあるカフェにいた。
そこでは互いに緊張した面持ちで今日会うことになった相手、そして互いのパートナーを交換する事になった相手を待つ。
「緊張するね?」
店に入って、注文して依頼無言でいる空気を押し破ろうと、頑張ってそうともみに声を掛ける。
「……うん…」
ともみは俺の手をぎゅっと握りながらそう返した。そして約束の時間が近づいているのが分かっているのか、しきりに店の中、入り口の辺りを気にしている。
「もしーーー」
「もしだよ?今日その人達に会ってみて、嫌だったら、そんな事をするのが嫌だったらーーー」
「断っても、いい?」
ともみには昨夜良く聞かせていたつもりだったが、彼女のその言葉には俺も頷かざるを得なかった。
それほどに必死で、神妙な面持ちでそう言うともみ。
「ああ…いいんだよ…」
「ともみが嫌なら…。それに、俺だってそう思うかも知れない。こんなやつに、こんな男にともみを抱かせるのは嫌だってーーー」
ぎゅっと右手に力を入れる。
ともみも同じように握り返した。
やがて、メールが着信した。
『今、着きました』
そして店内に入ってきたカップルが2人。
今日の相手の今村夫妻だった。
ーーー
「では、改めて、初めまして、今村と言います」
自己紹介をしたその男は、俺と同じくらいの身長で、清潔な、真面目そうな感じ見えた。
加えて、まるで引退した後のサッカー選手のように精悍で、体付きが良くて、スポーツマンタイプ。
その横にいるのは肩まで髪を垂らした女性。
目鼻立ちが通っていて、はっきり言って美人だと思った
(うーーーん……)
俺はこちら側の自己紹介をしながら、目の前の、爽やかなイケメンと美女を眺めて、見定めていた。
頭の中ではこんな風に考えている。
・イケメンにともみを抱かせる事は本心を言えば嫌だ。もしかしたら好意を抱くかも知れない
・だがそれと引き換えに俺はこの美女を抱ける
(ああ……)
ともみの事を愛しているが故に、悩ましかった。男としての嫌な感じと、夫としての愛情がせめぎ合っている。
この苦しみが、この葛藤が
スワッピング行為の本質なんだと、改めて、心からそう思った。
「ともみ……」
右側に座っているともみの耳元に顔を寄せた。そして少し考え、呟く
「どう……どうする?」
ともみは俺の声を聞くと、はっとしたように反応してこちらを見た。
そして
「淳は…………?」
と気まずそうな、恥ずかしそうな顔をして言う。
「と…ともみさえ良ければ……」
俺の声は掠れていて聞きづらかったと思う。俺自身すごく緊張していたし、自分のはんだんに自身が持てなかった。
どちらかというと、ともみに「嫌だ」と言って欲しかったのかも知れない。こう言う事ははやめよう。こんな事が無くたって私たち夫婦は大丈夫だと叫んで欲しかったのかも知れない。
結局ーーー
「わかりました。お願い…します…」
俺は小さな声でそう言った。
相手側の夫婦も今日が初めてだと言うのは嘘では無いように思えた。俺と同じように緊張していて、何度も水を口に運ぶ姿が印象的だったからだ。
「じゃ……」
しばらく無言が続き、どちらからとも無く席を立って店を出た。
近くにある、比較的綺麗なシティホテルに行くことになったからだった。
ーーホテルにて
そのホテルは2ベッドルームがある、比較的豪華なものだった。
普通に泊まるとしたら結構な値段がすると思われたが、デイステイだから幾分かリーズナブルに利用出来るらしい。
これはサイトの運営者が紹介してくれたものだった。
「どう……しましょうか…」
互いに緊張したまま部屋に入り、4人ともベッドに腰を掛けた。
そしてこれもサイトの運営者から大事だと説明された、性行為をするにあたっての決まり事を話しておくことにする。
「こう…しましょうか…」
相手のイメケン男性が先に提案した。
その内容は以下のものだった。
・挿入時はコンドーム を着ける
・相手が嫌がることはしない
・キスはOK
・1回終わったら部屋に戻ってきてどうするかを協議する
・プライベートなことは聞かない
「………………そうですね…」
俺と相手の男性は互いのパートナーの顔を見ながら反応を伺う。
「いい……?」
女性たちは同じタイミングで小さく頷いた。
「じゃ……」
「どう…します…?」
心臓が激しく高鳴っていた。
もう、この先は戻れない、後戻りは出来ないんだと思うとなんだか恐ろしくなった。
自分の愛する妻の独占を手放す瞬間。
そして同時に他人の妻を手に入れる瞬間。
「ああ………」
緊張と興奮で息が漏れた。
そしてふらっと立ち上がり、部屋を見渡す位置、壁に背を向けて立った。
「初めま…しょうか…」
頭がぼおっとして倒れそうだった。
それでも頑張って姿勢を保って、声を出す。
2、3歩前に歩き、ともみの手を取った。
そしてぎゅっと握りしめ、そのままイケメンのスポーツマンタイプの今村氏へと導いた。
「あ……はい…」
今村氏はともみの手を握った。
(ああ……)
ドクン、と鼓動が打った。
そしてその時、もう戻れない、俺たち夫婦は一戦を超えた、と思うとやってしまった、踏み込んでしまった、という後悔が少しだけ沸き起こる。
「……………」
俺は目の前の美女を見下ろした。
彼女の名前はカナと言った。
美しく肩の位置で揃えられた髪が印象的な彼女は俺の事を見ている。
「カナ……」
今村氏が声を掛けた。
その声を合図にカナさんが反応し手を俺に差し伸べる。
ぎゅ…
そっと右手で握り、左手を添える。
「よろしく…お願いします…」
こうしてここにいる4人は互いのパートナーを交換する事になった。
4人にとって共通である事は、今日が初めての
スワッピング行為だと言うこと。
そして本性を曝け出すこと。
そんな事だと思った。
次のお話、その3はこちら
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